Deep Breath

楽しさとは何なのか?

【書評】Einstein Never Used Flashcards Chapter 1

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「Einstein Never Used Flashcards: How Our Children Really Learn--and Why They Need to Play More and Memorize Less」の著者である Kathy Hirsh-Pasekはテンプル大学心理学部で幼児期の発達を専門に研究している教授である。
本書の内容は、いかに日常的に「遊ぶ」ことというのが、 実は学ぶことと同義であるかという一文で表すことができる。


chapter1
The Plight of the Modern Parent 

本章の前半は主に、子供を賢くさせるために、音楽を習わせたり、幼児の脳を発達させる上で役に立つと言われているおもちゃで遊ばせることが多くの親よって信じられているドグマについて紹介している。しかしながら、著者に言わせるとそう言ったほとんどの大人の努力というのは無用で、子供は自身で「遊ぶ」ことによって自然に学んでいくという。

そして、子育てをする際に次の「3つのR」が大切であるという

Reflect.
Consider whether jumping to to the tune of the media piper is what you should be doing, or whether you will only be perpetuating n your own life the pressures our culture places on parents. Ask yourself, “Is this experience/class/drill/activity/worth reducing my child’s unstructured playtime further, schlepping to and from in the car, and playing for?” At least some of the time, reflection may well lead you to:
・Resist.
To resist feels daring and brave and… so good! To resist means you stop yourself from joining the frenzy. It means the you allow time to slow down again. I means the you “just say no”(than you, Nancy Regan!) And when you do resist, you do so based on scientific evidence to be presented in this book. This evidence tells us that less can be more. It tells us that the “adultification” and acceleration of children is not a positive choice, but one that robs children f their freedom to be. It tells us that to be happy, well-dusted, and smart, children do not need to attend every class and own each educational toy. Still, we recognize that resisting may at first make you feel guilt. That’s why you need to:
・Re-center.
Re-centering involves reassuring yourself that you have a good choice, that you have recognized that the true center of childhood is pay,not work. After all, play is the primary way children were designed to learn. Although your decision may cause you some guilt or anxiety at first, you’ll know you are doing what is best for your child. The best way to re-center is to play with your child. Watch the delight and intensity on your child’s face as you join in his play and help him ti expand his horizons.

 この三つのRを翻訳すると以下のような感じになる。

・Reflect: 考える。なぜ、子どもをこの習い事に入れるのか/入れる必要があるのか? やらせようとしていることは子供にとって大切な時間を減らさないか?
・Resist:我慢する。親が焦る気持ちを我慢する。子ども達が『今』必要としていない習い事と判断するのであれば、入会を我慢する事によって、子ども達にとってもっと大切な時間を見つける。この大切な時間とは「遊ぶ」ことである。
・Re-Center:子どもを中心に考える。子ども達の習い事選びは子ども達を中心にして考える事が大切です。子ども達の大切な時間を有意義に過ごす為に、「大人がさせたい習い事」ではなく、大人は子どもを中心におき、「子供にとって何が大切か」をしっかりと考えていく事が必要である。

では、「遊び」を中心として生活する子供たちの脳はどんな状態なのか。これについては、第2章で紹介されているのでまたの機会にまとめようと思う。

 

121028

この日本語英語中毒性がある。

調べてみたけど、日本ではなくロンドンを拠点に活動しているバンドみたい。

このインタビュー読んで分かるけど、メンバーの二人は全く真面目にインタビューを堪えないところから全くの変人であると伺えて、そういう部分が歌詞にでまくっているんだけど、なんだかリズムとマッチしてハマってしまう。

 

独学の効率を最大化するために

基本的に大学の授業はしっかり受けることが大事だと思うんだけど、そんな中で急に学問的な好奇心がどうにもなく高まって、枠を超えて勉強したいと思う時ってあると思う。そういう時に、大学の授業とは別に一人で勉強してしてくためにはどうすれば良いのかについて、僕が実践してうまくいったことを備忘録的に書いてみた。他にこんなのがあるよ!みたいなものがあったら教えて欲しいです!

(環境)
1.実務的に経験することができる場に追い込む
やらなければならない状況に自分を追い込むことで、問題意識が生まれるので、独学の場合であっても高いモチベーションを保ちながら勉強することができる。僕も、大学に入学した当初から統計の基礎的な知識を身に付けたいと思っていたけど、なかなかやらずじまいになっていた。しかし、留学中にリサーチアシスタントとして統計分析をやらないといけない状況になって、短い時間で知識を身につけることができた(統計に関してはまだまだ勉強不足です笑)
 

2.勉強仲間を作る
違い分野であっても周りに勉強をしている仲間がいると、切磋琢磨しながらやることができる。僕も、弟と一緒に毎週それぞれ勉強する範囲を決めて週末にお互いどれだけできたかゲーム感覚で競争しているが、これは良い。
 
 
3.専門的な相談できる相手を持つ
2番と少しかぶるかもしれないけど、これはとても重要なんで別途で書きたい。先生でも友人でもいいけど、自分と同じ分野を勉強している知り合いを作ってその人に学び方やおすすめの参考書を聞いていくことは、学ぶプロセスを最適化することができる。ここで重要なのが、後輩にも相談する癖をつけておくことだと思う。年に比例して、学力が高いとは必ずしも言えない。もし、後輩の方が先に進んでいるならそこは謙虚に教えてもらった方が良い。これができない対応策としては、ネットで調べることや知恵袋で質問するなどが挙げられるが、これは場合によっては情報を見つけることに時間がかかったり、リスポンスが来るのが遅いという点で非効率であるので、次の項目を読んでもらいたい。
 

4.他大の授業に潜るor 聴講生になる
これは実際に僕がやっていることなんですが、すごくいいです。
 

5.勉強会や自主ゼミを開く
 以前、とある先輩に「自分をモチベートするために環境を”選ぶ”ことと、”作る”ことを交互にやっていく」というお話を聞いた。勉強会を企画することは、時間や手がかかるが、それらのコストに対して、ゲインの方が大きかったらやると良いかもしれない。あと、自分が主催者・プレゼン側にまわった時は、強制的に自分が勉強せざるえない状態になるのでオススメ。


6.お金を払う
お金を払って勉強会や他大の授業などの受講をする場、少しは必死になる。僕も放送大学の授業日を払って授業を受けているんだけど、そうすることによって自分では主体的にやらない分野の勉強をする時間を作ることができた。
 
 
(方法)
7.同じテーマの参考書をいくつかの買う
これは、方法の面で言うと一番大事のような気がする。何か新しい分野を学ぶ場合は、それに関連する教科書を一冊だけではなく、数冊買うことをお勧めする。というのも、それぞれ教科書によって自分にとってしっくりくると思う解説が異なるからである。例えば、分野αであるならば、まず教科書Aを使って勉強することがスタンダードであったとしても、その教科書のある範囲はとても解りにくいor概念を理解するには簡略化されすぎて、元の解釈からかけ離れれている場合がある。この場合、その範囲の解説を誰かに聞くことができれば良いが、独学している以上前述した「相談相手を持つ」というのはなかなか難しい場合が多々ある。そんな時、他の参考書の同一のテーマを扱っている部分を参照することで問題を解決することができることがある。ただ、注意したいのが、この方法をとることで、参考書を買いあさって結局一つの参考書も終わらず、断片的な知識だけ吸収している状態に陥る可能性があるので、あくまでもメインに使う教科書を決めて、それの補助的なものとして他の教科書を使うといいと思う。
 
 
8.できるだけ英語の教科書を使う
英語の教科書は出版する人の数が多いため、数多くある英語圏で出版された教科書の中でも定評があるものについては、かなりわかりやすいものであるという印象を僕は持っている。確かに翻訳版を使っていくことも一つの手であるが、新しい本の場合は基本的に英語で読むことをお勧めしたい。これの理由としては、
 
1.英語で学術用語を知ることができることで、自分が英語で論文や文書を書くときの良い準備になる
2. 翻訳が雑であることが原因で理解ができないというのを防ぐことがで来る
3. 哲学や数学など抽象的な領域であればあるほど、英語の方が理解しやすい

など、英語で読むメリットが多いので、多少読むのに時間がかかってもチャレンジるすると良いかもしれない。

他にもあったら教えてください!

忙しい時に毎日のルーティーンを行う方法

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時間がなくなってくると、なかなか普段やっていることに時間を割くことがもったいなく思えてきてしまう。しかし、そのような時間を取らないことによって、結果的に、そのツケを結局払わないといけないということだ。それもだいぶ面倒な形で。

例えば、僕自身も普段は、生産性を保つために朝3:30~5:00に起床してから、7:00~9:00、12:00~14:00のそれぞれの時間帯で昼寝を取ることを心がけているが、立て続けに予定が入ってくると、その時間を犠牲にして何かをやろうとする。しかし、このように休む時間を犠牲にしてやることには身体的・精神的に疲労がたまり無気力状態・過労状態になってしまうことになる。他にも普段、このタイミングでメールの返信をすると心がけていても、忙しくなってくるとメールを返信するのが面倒になり、先延ばしにする。その結果、後で連絡する相手を不快にさせてしまったり、業務が遅れたり、チャンスを逃したりしてしまう。

では、どうすれば良いか。これを解決する方法は実はとても簡単なのだ。
それは「時間を割く」「時間を計る」ということである。

一番目に関しては昨日の記事で紹介したからわかると思うが、まず何よりもそれをする時間を半ば強制的に組み込んでおく必要がある。こうすることで、この時間はこのタスクや習慣を実行すると言い聞かせることができる。(さらに言えば、タスクを書き出すときはタスクの中身とやる時間、やる場所を書いておくと時間と場所がアンカーとなり、行動に移しやすい)

二番目は、携帯のタイマーアプリなどで時間を計ってしまうことである。こうすることで、これくらいの時間ならやっても良いかという気持ちになる。

何が何でも普段通りにやればいいかと言えば、そうではないかもしれないが、間違いなく「食べる」「運動する」「休む」というのは生活の質を維持する上で重要であるはずなので、忙しくなった時はせめてこれに関連する習慣だけではきっちり守れるといいのではないだろうか。どうぞ、お試しあれ。 

ここ二日間の課題

主に、
1.勉強する時間が取れていない
2.ブログのレベルに波がある


という問題がある。
まず、一つ目であるが先週に比べ圧倒的に勉強時間が減っている。このままだと何のために休学しているのかわからなくなる笑 
二つ目は、ブログについて。今こうして家に帰宅してからブログを書いているんだけど、そういう場合は推敲が出来上がってなくてとりあえずパソコンに向かってみる場合が多い。このようなスタイルで書いていくことも変化をつける上でたまには良いかもしれないけど、ブログを書いていく一つの目的として、きちんとしたコンテンツを書いて読んでもらうというのもあるので、あまりこういうのは続けたくないというのが本音である。


さてこの二つの問題に対する改善策としては、

<勉強に関して>
時間の確保さえできれば、モチベーションはあるのでまたしっかりとできると思う。では、時間を確保するにはどうすれば良いのか。考えてみた。

1.専門分野の差し支えないようにまた、メリハリをつけるために仕事関係の教材で、勉強するのは基本的に家でしない
2.勉強時間を作る上で、最も有効である朝に時間を作る。(誰にも邪魔されないから)よって、早起きできるように生活習慣を見直す。
3.課外活動のタスクが多いので自分がやるべきことと、そうではないことの区別をつける

<ブログに関して>
書く時間と考える時間を分けるべし。
1.基本的に移動時間にブレストする
2.記事を書くのは、朝。時間を制限して書く。朝書けない場合は、会社や大学の帰りにどこかによって記事を書く

 

とりあえず、こんなところか。明日から気を引き締めて頑張りませう。

 

理論だけでは足りない

前にfacebookでこんな投稿した。

大学受験生をしている時に、この大学に入るためにはこの参考書をやってこういう解法を身につければ良いというのがあって、それに頼ることで自分の成績を上げっていった。そういう経験もあって、自分の中で何か問題を解くとき時はまずハウツーを身につけ、そしてそれに当てはめる形で物事を対処していくようにしていった。実際に、大学に入学したばかりの頃というのは、どのように人のアイデアをまとめていくか、計画を立ていくかというのも受験生時代同様に理論だけに頼ってシステマティックにやり、細かい部分は省こうとした。最近、思うのがこういうやり方だと次の三つの問題が出てくるということである。

理論重視の問題点(目次)
1.理論を理解できないで終わる
2.理論でしか対応できない点に見えなくなる。
3.そもそもやる気がわかない


1.理論を理解したりそれを活かしたりすることができないで終わる
上記のfacebookの投稿にもあるように、安宅さんは「イシューからはじめよ」の中で、「食べたことがない料理の味はわからない」と言っているように、それが使う状況で試行錯誤している中で理論は初めて役に立つ。だから、何も経験していない状態で理論を武器に問題を解決しようとしても、いつどのように使えるのかがわかない。むろん、そのはず理論というのは経験に裏付けられるからである。次の図を見て欲しい。

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これは演繹と帰納の関係をわかりやすく表した図である。ここでいうgeneral principalは理論を、inductionは帰納、deductionは演繹を表す。見てわかると思うが、genral principalというのは、specifi instances=個別のケースを観察することで帰納的に作られていくのである。だから理論の理解には、個別のイベント=経験が不可欠だと言えるであろう。


2.理論でしか対応できない点に見えなくなる
次に理論に関して指摘したい点としては、理論はあくまで現実の一側面を切り取ったパースペクティブでしかないということである。

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少し切れてしまっているが、これは著名な科学哲学者トーマス・クーンの「科学革命の構造」で紹介されているパラダイム論を図式化したものである。専門用語が並び少し難しくなっているが、このブログにわかりやすく書いているので読んでもらえればと思う。

パラダイムとかクーン『科学革命の構造』を5分間で説明する+オマケ 読書猿Classic: between / beyond readers
このブログを読むのも面倒な人向けにかなりかいつまんで説明すると、科学という学問において真と信じられていた理論は、時間が経つにつれて社会の仕組みを解き明かす上では問題があることに人々が気づき、新しい理論というものが作られるという流れが永遠に続くのが科学というのだ。例えば、長い間天動説が信じられていたが、ガリレオの研究により地動説が発見されその考えが一新されたのがそうだ。これをクーンはパラダイムシフトという。閑話休題。クーンのパラダイム論の説明を通じて私が言わんとしていたのは、我々がこれは世界の真であると思って見ている世界というのは、間違っている場合もあるし、世界の一部分でしかないかもしれないということである。だから、理論という一つの見方に頼り切ってすべての問題を解決できるというのは傲慢でしかない。

 

3.そもそもやる気がわかない
最後に、この主張は個人的な経験に裏付けられるものであるが、やはりやったことないことに関連したことをやってもつまらないというのは仕方がないような気がする。20世紀を代表する教育哲学者は次のように指摘する。

生徒は科学的教材に引き合わされるべきであり、その教材のもつ事実と法則が、日常の社会生活になじんだかたちで応用されるよう、その手ほどきがなされなければならない。このことこそ、健全な教育的原理というものである。この方法を遵守することは、科学それ自体を理解するうえでの最も直接的な方途であるばかりではなく、生徒たちが成熟するにつれて、現存する社会の経済的、産業的な諸問題を理解するうえで、最も確かな方途である。(ジョン・デューイ「経験と教育」) 

 デューイは、教育のあるべき姿として教科書中心や教師から一方的に何かを教わる教育ではなく、より生徒の経験に根ざした生活経験から出発する教育を目指すべきだと指摘している。というのも、このような経験主義的学習方法の方が、学習者の解放(自由に学ぶことができる)、主体的な学習態度の形成、学ぶことの意味を獲得させるそう。僕の経験としてもやはり、自分の経験から生まれた問いに基づいて学びを追求していくことがすごく楽しいし、そういう方法で学んでいる時が一番理解が深まる。というわけで、理論は大事であるが、それだけを学ぶよりかは、きちんと経験的に必要と感じてから学ぶ方が良さそうだと思うのである。


さてさてこんなことを書いていると、以前、大学の自主ゼミで宮本常一が、社会科学に関わる研究者(特にエスノグラフィー)が調査をする時のあるべき姿として御著「民族学の旅」で次のように言っていたのを思い出します。

屋久島の年寄りたちの話は語り物を聞いているような感じのするものが多かったが、今『屋久島民俗誌』を読みかえしてみると、私はそれをすっかり散文にし箇条書きにし、また聞いた話を私なりに分解してしまい、ことばそのものの持っていたひびきのようなものは洗いおとしてしまっているのである。そこに住む人たちの本当の姿を物語るのは話の筋――つまり事柄そのものではなくて事柄を包んでいる情感であると思うが、そのような形で聞き取りを整理したものはほとんどない。物を調べ、それを文字で再現することがどんなにむずかしいことか。しかしその頃は情感的なものを洗いおとして鹿爪らしく散文的に書くことが学問として価値あるように思ったのである。(『民俗学の旅』講談社学術文庫:p.109)

理論のような言葉で書かれた時点で多くの時点で経験によってもたらされる感性的な部分が大きく抜け落ちてしまう。僕は、理論が悪いと言っているのではなくて、理論は理論で必要だけど、やっぱりそれを裏付ける個別のケースも理解する上で大事だよねということが言いたいのだ。だからこそ、人を対象とする時は理論だけではなく、やっぱり実際に経験で事象を学び、そこから理論を理解していくことがあるのでないだろうか。

何者(2016)★★★★☆


【あらすじ】

就職活動の情報交換のため集まった大学生の拓人(佐藤健)、光太郎(菅田将暉)、瑞月(有村架純)、理香(二階堂ふみ)、隆良(岡田将生)。海外ボランティアの経験や業界の人脈などさまざまな手段を用いて、就活に臨んでいた。自分が何者かを模索する彼らはそれぞれの思いや悩みをSNSで発信するが、いつしか互いに嫌悪感や苛立ちを覚えるようになる。そしてついに内定を決めた人物が出てくると、抑えられていた嫉妬や本音が噴きだし……。

【感想】
映画の評価自体は決して高くないが、それはただ単に主人公のひねくれてる性格が自分にあてはまっているからなのか、それとも自分とは遠い世界で共感できないせいなのか。簡単に主人公のことを説明しておくと、冷静に分析をしようとする拓人は夢物語ばっかり語る人が嫌いで、客観的に他人を評価できていると思いこむ役になっている。そして彼は本気で夢を追い続けていることを冷めた目で見ている。僕は未だに就活らしい就活をしていないけど、映画の主人公のように何か人がうまくいったり本気で何かをやろうとしている人たちのことを良いとは思わない気持ち悪い人たちがいるということを、19の時に知った。大学受験が終わって、僕の当時仲が良かった友達の携帯を借りて調べものをした時に、「国際教養大学 fラン」とググった履歴があるのを見つけてしまった。大学に入ってからそういう人たちはいるようで、根も葉もない噂を流されたり、陰口叩かれることもあった。どうやら、自分が本気で熱を持って取り組んで、成果を出すことが嫌な人たちというのがいるようだ。しかし、結局のところ、こういう口ばかりの人間や他人の粗探しをしている人たちというのは、言ってみるならば、もはや自分が演じたいキャラを演じることができないと思っている。つまり彼らは何者にもなれないのだ。僕は、彼らが人の粗探しをしてそれを飲み会で言い合ってる間に、何倍も努力して誰も生み出したことがないアウトプットを出していこうと思うし、彼らのように自らの肩書きで鼻高く自慢げに生きるのではなく、むしろ所属していた組織や場所が自分を自慢するくらいの存在になろうと本気で思ってる。あと、この企業に就職したら人生万々歳や大学は何歳に入学していつ卒業で、学歴は最低でも早慶以上みたいな基準って、あくまで多くの人が考える価値観であって全ての人が大事にしているものではない。物事に重さはない。ただその人が「重い」と感じているだけなのだ。なんだか、映画の感想というよりかは自分の考えを語ってしまったが、とにかくいろいろ考えてしまう映画なのでぜひみてください。主題歌は米津玄師なんですが、それもまた良いです!